【そうだったんだ……】
相変わらず客達は興味深そうにこちらを見ているが、特に口出しなどをしてくる気配はない。
だが……それは逆に言うと……こういった”クセの強そうな者達”がみだりに暴れないだけの抑止力として何かがこの店にあるという事だ。
それは……あるいは今から向かう部屋に存在している者の力だったりもするのかもしれない。
「……ご老人からの依頼内容は”あるブローカーとの交渉”……との事でね。そのブローカーは何やら特定の条件を満たした人材を探しているとの事で……じいさんはその人材候補として私をブローカーに推薦したいらしいのだよ」
「巻き込んですまない。……正直に打ち明けるが、人質を取られている。……子供だ。血は繋がってないが……孫、のような子だと思っている」
「そのブローカーってのに捕まっているって事かい?」
「そうではない。あいつは、この世界に生きる者達の……いわば生命線ともいえるものを……握っているのだ」
「んー……ちょっと待った。部屋に行く前にそこは詳しく聞いとこうか。そりゃどういう事かな?」
モーリは足を止め、背を向けたまま言った。
「”役”、だ」
「……ヤク?ん?麻雀の?」
「分かりにくければ……職業、と言い換えてもいい。自分も含めてこの世界の人間は……全てその職業の基に存在が成り立っている。あるいはBARの店主、あるいは盲羅、あるいは子供。そう……”子供”もこの世界では立派な役割であり職業なのだ」
「ん……んん……まぁ、いいか……。この世界に来てから常識を超えたものはたっぷり見せられたからねぇ。それは”そーゆーもの”なんだと理解して、話を進めようか。で……そのヤクってのを奪われたらどうなるんだい?」
――理詰めで行動する探偵からしたらたまったもんじゃないんだが……郷に入れば……ってやつでいくしかなさそうだ。
「この先の世界では存在できなくなる。25時の世界が終わりを迎えた時、あるいは崩壊に呑み込まれた時、自分達は役を終え元の世界に還るが……役の無い者は、そこで世界と共に消滅する」
「ほう……。じゃ、例えばじーさんがその子に何か役をあげるってのはダメなのかい?あー……コップ磨き、とか?」
突然電気が走ったかのようにモーリは振り返った。信じがたい恐ろしいものを見るかのような目をこちらに向けてくる。
「……とんでもない事だ。そんな事はみだりにできるものではない。望みを統べたもう方のお許しもなく……」
「望みをすべ……なんだい?そりゃ」
「……なんでもない。こちらの世界の……信仰の1つだ」
……望みを統べたもう方……。なんだ?何か……どこかで聞いた気がしたが……。
「んー……じゃあ逆に、なんでそのブローカーってのにそれができるのかな?」
「……今、それを説明すべきではない」
「あぁ……まぁ店の中じゃあ無理か。じゃあ、それは後にするか」
【え……じゃあ、あたしは聴けないって事なのかな】
――そういやレコードがいたんだった。
「……色々調査したあと……静かにどこかでまた独り言をいう事にしますかね」
苦笑しながらそう言うと、モーリは少し変な顔をしたが「では行くぞ」とだけ言い前を向いた。