「うん。又三郎って名前だったっけ、その木刀」
【あ……そうか、空飛ぶ木刀か!ハリポタのほうきみたいな感じか!】
その通り。自らは全く動く事なく、木刀に押されるようにして移動……そこからの斬撃。
太刀筋というのは動作で見切る。その予備動作がまるで無い状態から斬り込まれたら、普通は避けられない。
「……又三郎の凄さが分ったなら……降参しとく?君、その魔法出す紙が無いと何もできないんでしょ?」
浅い呼吸をしながら彼女は言った。今の攻防でもう息が上がったんだろうか?
木刀に頼っている流派だから体力があまり無い……とか?
まぁ、いずれにしても……。
「3つ間違いだね」
「3つ?」
「うん。まず、これらの呪符は魔術を使えるけど魔法ほどの大がかりなものはできない。次にボクは呪符なんて無くても魔術は使える。
最後に――これが一番大きな間違いなんだけど――ボクより圧倒的に弱いお姉さんにボクが降参するなんてあり得ない。
言っとくけど、お姉さんの木刀でボクに傷を付ける事自体がまず不可能だよ」
「そ」
短く返答すると、再度彼女の身体が音もなく迫る。
その視線から狙いはボクの左上腕部なのだと察した。ここまで挑発しても急所を狙わないなんて――ぬるいね。
ま、どっちにしても無駄だけど。
「atha gibor leolam adonai……agla」
彼女の木刀がボクに届くより、それを唱え終わるほうが早かった。
又三郎と呼ばれた木刀はボクの左腕に当たり――正確にはその1cmほど手前で跳ね返される。
「――なっ!?こ、この!!」
ゴイン!ゴイン!という鈍い音とともに再度木刀は僕の眼前で弾き返された。
「……う……そーっ……」
「アグラって言ってね。魔術師の使う基礎的な防御膜生成呪文なんだけど……ボクが使うと、これくらいの強度になる。お姉さんの力じゃボクにアザを作る事すらできないだろうね」
「……言ってくれるじゃん。試してやろーじゃないの!……すぅー……」
彼女は腰をかがめ、深く息を吸った。
空手の息吹に近い呼吸法なのかな?強制的に酸素を強く身体に入れて、次の行動に通常以上の勢いを――
「陰安、三段っ!!」
「む――!」
次の瞬間、彼女が視界から消えた――と思ったら足下に軽い衝撃が走る。
と思ったら脇――で、背後から脳天――ね。
「へー凄い。“木刀の力を借りて動く”ってだけで、こんなに動作が読みにくくなるなんて。今のはお姉さんの流派の《形》かな?
たぶん……人体の鍛えられてない弱点部分に攻撃する事を意図した動きで構成されている……とか?でも残念。この防御膜には弱点なんてないよ。
必要なのは威力。ごくごく単純な、ね」